以前、このブログ内で私が「オンライン英会話」(DMM)にハマっているという旨の記載をしました。今も原則毎日、1回25分のレッスンを受講し続けています。
先日、外国人講師と会話をしている際にふと感じたことがあります。
それは、『誇り』と『プライド』についてです。
『誇り』を意味する英単語、それは「pride」でOK。
(実際、『誇り』を和英辞典で調べると「pride」とあります)
しかし、逆に『pride』の和訳を英和辞典で調べてみると、「自慢」・「得意」・「満足」・「自尊心」・「誇り」・「プライド」・「うぬぼれ」・「高慢」・「思い上がり」・「自慢のたね」といった言葉が並んでいます。
英語では同じ意味でも、私は『誇り』と『プライド』は100%同じではない、というか、別物だと思うのです。
我々日本人がいう『誇り』とは、「うぬぼれ」・「高慢」・「思い上がり」といった類の意味ではない気がするのです。
では、どう違うか・・・?
『プライド』は他人から傷つけられることがありますが、『誇り』は傷つきません。
『プライド』は、他人と比較することによって生じる「優劣」や「勝ち負け」によって簡単に傷つきます。
なぜなら、『プライド』なんてものは、単なる “虚栄心” や “見栄” に過ぎないからです。
例えば、どれだけお金を持っているか、どんな家に住んでいるか、どんな車に乗っているか、仕事で言えば、どこまで出世したか、等々。
そんなものは、世の中、上には上がありますからね・・・。
しょっちゅう傷つけられることになります。
でも、『誇り』はどうでしょう?
これについては、他人は関係ありませんよね。「自分は自分」です。
他人がどうであろうと、自らの「信念」に従って生きていることに対して、自らを「誇り」に思うことですので、他人から傷つけられることなんてあり得ないのです。
皆さんの周りを見渡してみてもどうですか?
“小者” ほど『プライド』が高く、傷つきやすい。
また、人の目、人の評判をすぐ気にする傾向にないですか・・・?
それに対し、“大物” と言われるような人物は泰然自若としていてゆるぎません。
常に堂々としています。
それは自分の生き方に『誇り』を持っているからに他なりません。
兎にも角にも、妙な『プライド』は捨てるべきだと思うのです。
「百害あって一利なし」です。
そんな自分に対しては周りの人々が対応に苦慮します。すごく面倒です。
また、ブライドの高さが自分自身の成長を阻害することにも繋がります。
なぜなら、失敗してプライドが傷つくのが嫌なので、チャレンジ精神も薄れるからです。
そうではなく、自分の生き方に『誇り』を持つ。
そうであるべきです。
誇りを持った生き方をしていれば、失敗して恥をかくことだって平気です。
逃げずにドンドン挑戦、そのほうがカッコイイと捉えているんですから・・・。
結論。
変な『プライド』は捨てましょう!
そんなものは要りません。みっともないだけです。
そうではなくて『誇り』を持った生き方をしていきましょう!!
『夷険一節』(いけんいっせつ)、ぶれずにいつまでも信念を貫く・・・。
私は、これからもこのスタンスで臨んで参ります。
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