小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり

2022.01.21
    


「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」、、、 皆さんは、この言葉をご存知でしょうか? 

私は、この言葉を「盛和塾」在塾時に稲盛和夫塾長(京セラ名誉会長)から教えて頂きました。


その意味するところを説明させてもらいますね。


例えば、自分の子供が可愛いからといって甘やかし、その子が欲しいと言うものを何でもかんでも買い与えたりすること、また、お金にルーズな友人が借金取りに追われているようなとき、それを可哀想だと思い、お金を工面してあげたりすること、これらを 『小善』 と言います。


一見すると、それらの行為は相手に対して親切なことのように思えますが、決してそうではないのです。


子供の場合、苦労や感謝というものを知らずに育ったがために成長するに及んで人生を誤ってしまうこともあるでしょう。

友人の場合ですと、温情かけてお金を貸してあげたがために借金癖が直らず、今度は立ち直ることが出来ない程の大きな借金を抱え、人生を台無しにしてしまうかも知れません。

ですから、これらの「小善」は「大悪」だと言えるのです。


逆に、一見すると「何と非情な!」と思えるようなことが、実はその人のためにもなったりする、いわば 『大善』 であったりもするのです。

当事者からすると「なんで私が・・・」とか、「なんで自分ばっかり・・・」と思うかもしれません。辛く、悲しいと感じることもあるでしょう。


でも、じっと我慢、それに耐えていけば、ある時、それが自分にとってプラスだった、長い目で見たら間違いなく自分の為だった、ということが分かるときが来るはずです。


元来人間は弱いものですので、とかく “被害者意識” を持ってしまいがちです。

しかし、「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」 という言葉を、脳裏に焼き付け、全ての物事・事象を前向きに捉えることが大切です。


私も経営者である以上、確固たる信念を抱き、「大善」をもって社員を導いていく覚悟であります。