極楽と地獄は紙一重(うどんの話)

2012.02.02
    

平成21年7月25日および平成23年11月19日付ブログで紹介させて頂いた話ですが、今の世の中で強く求められている「利他の心」の重要性をわかりやすく説く最高の例え話だと思いますので、改めて記させて頂きます。
「極楽と地獄」、”うどんの話” です。
 
私は、この話を盛和塾・稲盛和夫塾長(京セラ名誉会長・日本航空会長)から教えて頂きましたが、当社の社員の中には 「昔、おばあちゃんから聞いたことがある・・・」 という者もいて、有名な例え話のようです。
 
京都のとあるお寺で、若い修行僧が「あの世には”地獄”と”極楽”があるそうですが、”地獄”とはどんなところなのですか?」と老師に尋ねたところ、老師は次のように答えました。
  
「確かにあの世には”地獄”もあれば”極楽”もある。しかし、両者には想像しているほどの違いがあるわけではなく、外見上は全く同じような場所だ。ただ一つ違っているのは、そこにいる人達の心なのだ。」
  
老師が語るには、”地獄”と”極楽”には同じように大きな釜があり、そこには美味しそうなうどんが、ぐつぐつと煮えている。
ところがそのうどんを食べるのが一苦労で、長さが1メートル以上ある長い箸を使うしかないのです。
 
“地獄”に住んでいる人は皆、われ先にうどんを食べようと、争って箸を釜に突っ込んでうどんを掴もうとしますが、余りにも箸が長く、うまく口に運ぶことが出来ません。
しまいには、他人が掴んだうどんを無理やり奪おうと争い、喧嘩になってうどんは飛び散り、誰一人として目の前にあるうどんを口にすることが出来ない。
 
美味しそうなうどんを目の前にしながら、誰もが餓えてやせ衰えている・・・ 
それが”地獄”の光景だというのです。
  
それに対し、”極楽”では、同じ条件でも全く違う光景が繰り広げられています。
 
誰もが自分の長い箸でうどんを掴むと、釜の向こう側にいる人の口へと運び、「はい、あなたからお先にどうぞ」と食べさせてあげる。
 
そうやってうどんを食べた人も、「どうもありがとう。次はあなたの番です」と、お返しにうどんを取ってあげます。
ですから、”極楽”では全員が穏やかにうどんを食べることが出来、満ち足りた心になれる。
   
同じような世界に住んでいても、温かい「思いやりの心」を持てるかどうかで、そこが”極楽”にも”地獄”にもなる。 
それがこの話が言わんとしていることなのです。

新入社員が入社した際とかに、当社の「社是」の第一項目である 『思いやりと優しさ、利他の心で』 について説明をする際には、決まってこの話を用いる私・・・。
当社の経営理念手帳『ウィズコ・フィロソフィー』にも 「極楽と地獄は紙一重」 という項目でこの話を掲載しています。