「生を受けた」のは奇跡。ならば・・・

2020.07.08
    

写真は、我が家のベランダに咲いた「スイカの花」です。

1か月ほど前にベランダでスイカを食べた際に、その種を妻の植木鉢に興味本位でこっそり植えてみたのです。(妻の趣味はベランダでのお花いじり。結構ボリューミーにやってます。)

そしたら、あちらこちらの植木鉢から芽を出しました。


通常、 “プッ”と口から吐き出されて終わりのスイカの種が、私の思い付きから「生を受けた」わけです。←ちょっと大袈裟ですかね・・・(^^;)


更に、このスイカは私にとって特別。

なぜかというと、妻はベランダでスイカを育てるのは、ましてや収穫するのは難しいと言って、私の知らないところで間引き、唯一残ったのが “この子” なんです。

大袈裟かもしれませんが、「奇跡」「奇跡」を重ねるようなカタチで我が家のベランダで花を咲かせているわけです。


私はスイカの花を見るのは初めてなんですが、いとおしくて、いとおして・・・。

黄色く小っちゃな花がとてもかわいいです。(^^)v


そんな花を見ながら何気に思ったのが自分自身のこと。


私たち人間がこの世に生を受けるのも奇跡的です!!


いいですか・・・

一人の人間が生まれるためには2人の両親がいます。

その両親が生まれるためには、それぞれ両親がいるわけです。

二代で4人、 三代で8人、 四代で16人です。

このように命の起源をさかのぼっていくと、

二十代で104万8,576人、二十五代で3,355万4,432人

三十代で10億7,374万1,824人 という人数になるんです。

更に、五十代、六十代とさかのぼれば、それこそ天文学的数字となります。


私たちの祖先のうち、もし一人でも欠けていたら、私たちの命はないわけです。

それこそ「奇跡」じゃないですか! 

宝くじに当たるなんて確率どころじゃありません。


そう考えると人生を無駄に過ごしたんじゃバチがあたりますよね。

私たちは、それぞれの先祖から託された命をもって、この世を生きている(生かされている)わけですから・・・。


生かされていることに感謝の気持ちをもって、今この一瞬一瞬を大切に過ごして参りましょう!


私の存在によって誰かを、できれば多くの人を幸せにできたら、それこそ幸せだなぁ・・・。(^^)

さあ、今日も一日 顔晴(がんば)ろっと!!