前回、当社が地域のアパートオーナー様・地主様3,000名にダイレクトメール形式で不動産情報誌【Wiz&With】(ウィズアンドウィズ) を発行・発送している旨を記しました。
その1ページ目は毎号、私が担当、記事をしたためているのですが、3月号(現在オーナー様宅に届いているもの)では、私が以前聴講したお坊さん(私が大好きな大谷徹奘さん)の講話内容を記させてもらっています。
こんな感じで書いてるんだな、ということをお示ししたいので、今日は “そのまんま” の文章を以下に記させてもらいます。(実は、ブログネタが枯渇しているんです・・・😣)
【大谷徹奘さん(奈良・薬師寺執事長)の講話より】
今回は不動産とは全く関係のない内容でいきます。以前私が聴講させていただいた大谷徹奘(おおたにてつじょう)さんの講話を私なりにまとめさせてもらったものがあります。誌面の関係上その全てを掲載できませんので、個人的に特に大事だと思うところに絞らせてもらい、それを以下に記させてもらうことにします。
人間の心に波を立てる不安の種は「人間関係」。人間関係が良ければ、辛い状況にあっても頑張ることができるものですが、そうでなければ頑張りきることなど出来ないものです。
では、「人間関係」を良くしていこうと思うのであれば、どうしたらいいのでしょうか?
それには、「人間関係はどんなときに悪くなるのだろうか?」という問いを自分に投げかけてみることによって導かれるのではないかと徹奘さん。
以前、徹奘さんが、別々の小学校に通う10人の子供たちに、「学校でキライな人はどんな人?」というアンケートをとったことがあるのだそうです。
その結果が次の通りです。 1、悪口をいう子 2、何かをやるときに邪魔をする子 3、すぐに叩いてくる子、、、 どうでしょう? よい人間関係を築いていく上では何をしてはいけないか!? ということについて、この結果を見るだけでも明白ですよね・・・。
そして、個人的に最も勉強になったのが次の教えです。私たちが日常生活を送っていく上で常に念頭に置いておかねばならないことであります。それは、人間は一人ひとり “価値観のモノサシ” が違うということ。また、全員がその “目盛りの幅” が違うということです。
例えばの話ですが、徹奘さん曰く、「“引きこもり”には、”引きこもり”の論理がある」、「俺を理解しないお前が悪い」という論理があるのだというふうに語っておられました。つまり、“価値観のモノサシ” が違うわけです。自分のモノサシにかなわないことを相手が言うと、「相手とは口をきかない」→ 「相手を見なくなる」→ 「部屋から出てこなくなる」、、、 こんなふうに態度・行動も変わっていくのだそうです。
人間は、一度でも自分の「価値観」に合わないことを相手がやると、相手を認められなくなる。“ダメ” のレッテルを貼ってしまうようなことが多いもの。自分の持っている「価値観」で相手に接するから衝突することにもなるわけで、自分の「目盛りの幅」が広がれば相手を許せるし、自分の「目盛りの幅」が狭まれば腹が立つ。そういうものなんだそうです。
また、印象に残った言葉として “よっぽどの縁” というものがあります。そもそも “よっぽどの縁” がなければ、同じ屋根の下で家族だとか、同僚だとかにならないわけです。“よっぽどの縁” があってのあなたと私。世の中すべてが“よっぽどの縁”なんだと徹奘さん。
「縁」は “生き物”。だから、これに “魂” を入れていくことによって「絆」へと変わっていくというふうにも語っておられました。 これなんか実に素晴らしい言い回しですよね・・・。
読者の皆さんと当社、そして、私との関係も“よっぽどの縁”です。その「縁」を「絆」へと昇華させられるよう、努めて参る所存であります。
講話の最後に徹奘さんが “締め” として使われた言葉が以下の言葉。徹奘さんの師、昭和を代表する僧侶である高田好胤(たかだこういん)さんの言葉です。
私のこの記事もその言葉で締めさせていただくこととします。
『かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心、広く、広く、もっと広く。これが般若心経、空(くう)の心なり』。
最後までお目を通していただき誠に有難うございました。(合掌)
※今日のアイキャッチ写真は、薬師寺の「大講堂」です。
定休日だった2月22日(水)、妻が「薬師寺に行きたい!」と言い出しましたので、母と次女も連れ、4人で参拝に出かけた際に撮影したものです。
下の写真は、南門から「西塔」を撮影したもの。および、情報誌(Wiz&With3月号)の1~2ページ目です。
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